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まめまめ伊那谷日記

将来の夢

将来何になりたいんだ?って聞かれて、そのまま彼女のなりたいものを答えたところ、
中3の長女の夢に対して、難を示したのが今のところ二人。
1人は元教育者であるおじさん。1人は某血縁者。二人とも70歳くらい。
つまり私たちの親世代の方々。

確かに、いわゆる「無難な」夢ではない。
でも、国家試験が必要なわけではないので、やろうと思えばできない夢ではなし。
文句を言われる筋合いはない彼女自身の夢であるのに、「分別の付く大人」という人ならば、ちょっと一言呈してやろうってなところかもしれない。

私が中3だった頃って何になりたいって言ってたんだろう・・・と考えてみると。「保母さん」だったと思う。
当時、進学を目的に進学することは女子の場合あまり無くて、高校より更に学校に行くということは、「資格を取れる」ということが大きかった。
どんな資格かというと「自分に分相応な」ということになる。「分相応」というのは「学力」や「容姿・体力」「家庭の経済力」などだ。もちろん「就職率」は大きい。そうすると「保母さん」か「看護婦さん」。その二者択一しかなかった。自分で可能性を狭めて「そんなもんだ」と思う選択は楽でもあった。
もう既に「自分に分相応」なのが「夢」だと思ってた。
親も納得するような職業を自分の「夢」だと思ってた。
「そんなのなれるわけがない」とか「現実的じゃない」とか「資格取っても宮田じゃ就職先がない」とか「そんなものになれると思ってるのか」「食っていけると思ってるのか」等と言われないものを選んだ。
「分相応」という言葉を既に知ってたんだ。
(「分相応」って佳き日本文化でもありますが)
「夢や目標を持て」と言う大人たちには導きたい方向があって言ってる場合がある。子どもが受ける周囲からの影響は大きい。そういうもんだと思っちゃう。

長女の夢を私の若き友人たちに娘が話すと、彼らは誰一人として「それは難しいんじゃない?」とか「珍しいね」とか・・・否定的なことを言ったりビックリしたりするところを見たことがない。
みんな「それいいんじゃない?」って言う。そして、具体的な方法を(今やるべきことを)示してくれる人さえいる。他人だからはっきり言えない、ということもあるのかもだけど。

それって本当に本当にありがたいことだ。いくらお礼を言っても足りないくらい。私が30歳だった頃、一体何をしていただろうか。中学3年の子が夢を叶えていけるような言葉を持っていただろうか。
本当に偉い。見習いたい。少しでもそんな人に近づきたい。

「自分の夢を言ってもいいんだ」と長女が思える環境であるということは、今はもうそれだけで充分だと思ってもいいかもしれなくて、

大人になっていく大切なこの時期に私にできることは、「余計なこと」を娘たちに言わないことかもしれない。

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お守り~ へネシー澄子さん講演会

地域の東大社(ひがしたいしゃ)のお金を隣組で集めること。
成田山のお金も隣組で集めること。
修学旅行の神社仏閣参拝。
特に何とも思わず繰り返される。

次女の同級生で長野県学の際、善光寺に参拝しなかった子(Aさんとしよう=女の子)がいたと聞いた。

ある学年が栽培した野菜の販売があった。野菜に手作りの「お守り」を付けて。
Aさんが「大根は欲しいけれどお守りはいらない。」と言ったそうだ。
(お守りに何が入っているかはわからないけれど。買ってくれた方の幸運を祈る気持ちだったのだろう)

その言葉に気づかされる。

「日本人」だから神社や寺は当たり前じゃないか、っていう認識は無自覚すぎる。
日本人とは一体なんなのだ。
神社仏閣参拝を強要できないはずなのが思想信条の自由。
憲法で保障されているのだ。

Aさんとクラスが一緒だったことはとてもラッキーなことだ。
Aさんが肯定感とともに意思表示できることは大切なことだ。
それはクラスで一人他者となるAさんのご両親の後ろ盾(後ろで支える)を感じてAさんが少し羨ましい。

先日、へネシー澄子さんの講演会に行ってきた(というかスタッフだった)。
翌日は諏訪会場まで行ってしまった。
一番印象に残ったのは「父親の存在」。
特に女の子の場合、母親がくどくどと「あんたねそんなことしてるとお嫁に行けないわよ。」等など言っても、父親がいつでも後ろで支えてくれる・背中を押してくれるという実感さえあれば、前に進んで行けるそうだ。夢の実現に向かえるということ。

逆に言うと、なかなかこうしたいのにできない、いつまでたっても変われない、自己肯定感が持てない、自信が持てない、この年をしてなさけない、って自分のせいにしてる人いないですか?それはあなたの(私の)せいじゃぁないんです。あなたの(私の)努力が足りなくて、能力が足りなくて、それで実現できないんじゃないんです。父親からそのカギを貰っていないというだけのことなの。
(こんなこと書いて、この年をしてまだ親に対して不満?って自己嫌悪に思わなくていいの)

それは父親でなくてもいいそうだ。男の人で小さなころから自分を支えてくれる人。おじいちゃんでもいい。そこで男性問題もほとんどクリアーできるそうだ。男に慣れるというか、男に対して何か物を言ってもいいんだ、というような。だから社会に出ても対等にやっていけると。コミュニケーションが取れる、ということ。
へネシーさんは心と脳の関係をわかりやすく説明してくれる。その安心感が脳のどこか(どこだっけ?)に記憶されるんだ。「心」に「言葉で」アプローチしても無理な場合があるそうだ。
(だから脳にアプローチする方法がある)
愛着の絆の形成は5歳までが肝心だと。では子育ての話か、というとそうじゃなくて。
いくつになっても(愛着の絆を)(本当の自分らしさを)取り戻せる、とも仰った。

女のお子さんをお持ちのお父さん、身近な方。どうかよろしくお願いします。手放しで認めてやってください。

そうじゃないと(こんなに簡単なことだったのに)、カギを探すことに翻弄する人生になりかねません。
本当はもっと自分自身を生きられるはずなのに。思いを実現していけるはずなのに。
この世は愛で満ちているはずなのに。

「恋愛カフェ」砕けた話②

恋愛カフェに行った私は悪気もないし冷やかすつもりもない。
だって、年齢制限も非婚未婚既婚もうたってない。
「女性限定」なのだ。自分の子どもが男の子だったらもちろん連れていかなかった。
これが、男性も来るような「出会い系」と言う計画的な場だったらもちろん私は遠慮しただろう。
明るい店内は開放感に満ちていた。
私たちの親子グループが一番静かだった。迷惑かけてない。
ただ、親子は他にはいなかったけど。
「親子」が場違いだったのだろうか。

そこで疑問なのは、
「恋愛」という狭義ではなく「愛」を普遍的なものとしてとらえた著書も絵本もあったけれど、有報堂さんが意図する対象者はやっぱりウラ若い女性なのか。(確かに制限はしていないが既婚者や子どももOKとも歓迎とも書いていない)
と書く私は「広い意味の「愛」を語るなら40過ぎのオバサンでも許されるけど「恋愛」は若い人のものである」と言っているようなものなのだ。
私の同級生でも独身女性はいる。たぶん彼女たちが入って行っても違和感なかったであろう。ということは、やはり子どもを連れていったのが場違い、ということであって私自身は場違いではなかったのか、と思ったり。独身女性とそれとわかる私の同級生と私との「見た目の」違いを思えばやっぱり場違いか。

ごちゃごちゃ書いて、はたと気づく。
義母が「恋愛カフェに行く。」と言ったら「お義母さん、スウィーツが目的ですか?」と普通に聞いただろう。
何も言わずに、何の不思議も思わずに送りだせただろうか。
権利としては35年間一人を通した義母のほうがふさわしいとも言えるのだ。
「お年寄りは恋愛をしないものだ」っていう認識が日本には当たり前にある、ということが問題になったことがある、そういえば。それは無自覚の中の差別だったりするのだ。

つまり、恋愛とは最高の「自己チュー」ということに。
自分を中心に世界が回る。それが恋愛なのだ。
まさに、世界の中心で愛を叫ぶ、だ。
自分がよければいいのだ。(それでいいのだ)

中3の娘は「また来たい。高校生になったら友達と来たい。」って言ってました。
そんな日が来ますように!母は祈ります。
そして夜の部の「恋愛カフェ」には私も娘に連れてって欲しいな、やっぱり。(その時に勇気があったらですけど)

以上、「恋愛カフェ」砕け話、略して「くだばな」・・「若い人たちが行くところへ行ってしまった無邪気なオバサン編」おわり(笑)!

29日は「エコ・ナプキンワークショップ」の日

先日のブログでもご紹介しましたがhttp://miki2188.blog47.fc2.com/blog-entry-471.html、29日は「エコ・ナプキンワークショップ」の日です。
講師の中野さんは「普及メンバー」の方。安曇野から来て下さいます。

あらかじめ縫って下処理を施したもので「草木染め」のデモンストレーションをすることになっています。
木綿なので下処理が必要なのです。
それで、本日の日曜日はエコ・ナプキンを縫いました。
エこ・ナプキン
これが無漂白ネル生地。ハッとするほどきれいです。積もった少し後の雪の色。これだけで充分気持ちいいです。
「ひろがれひろがれエコ・ナプキン」著者の角張光子さんが探し求めた布で、ここ最近更に改良されたそうです。生地についての説明も中野さんからしていただけると思います。
縫っていても以前のものよりも感触が違う気がします。
エコナプキン
29日当日はロックミシンで端を処理します。
私は自分が持っているミシンでやれることを、と思うので過去に作った時もこのジグザグで処理してきました。手で縫う方もいらっしゃるくらいだから、ジグザグミシンでも大丈夫ですが。
でもロックミシンの方が断然きれいですよ。

このあと、煮沸して乾かします。

当日は縫うのがメインですが、草木染めの体験もできます(要予約)。

外はすっかり冬の風。
部屋の中も寒い。寒くて身体や頭の動きはますます鈍るけれど、好きな季節かもしれない。
手仕事が断然したくなってきましたよ。
ひじきをずいぶん暫く食べていないと、戸棚を開けてひじきを見るとなんだか煮たくなってひじきを食べてなかったことを思い出す。玄米が続くとお菓子でも食べてやれ!って気になる。そういうのに似てる。(全然しゃれっ気がない)

こんな季節に温かい布でエコ・ナプキンを手作りしてみませんか?
参加者募集中。お申し込みお待ちしています!


「玉砕」訂正→「砕ける」で大丈夫?

「玉砕」とはhttp://d.hatena.ne.jp/keyword/%B6%CC%BA%D5
現在では転じて、失恋した時などに使われていますが、元は大東亜戦争の際に軍部が「全滅」を嫌って多用した言葉でしたので「玉砕」という言葉は訂正させていただきます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%89%E7%A0%95などにも。

「恋愛カフェ」 砕ける

有報堂さんhttp://yuhoudou.blog.shinobi.jp/の「恋愛美術館」女性限定企画へ。
店をきちんと8時に閉めて、楽しみにしていた中3と小4の娘を連れて(私も楽しみにしてましたが)行ってきました。
7時からの特別営業とのことで、店内は美しくお洒落な女性たちでいっぱいでした。
本棚は恋愛本(小説やハウツー、マンガなどジャンル問わず)、テーブルはハートもので飾られ、壁には映画・ドラマが流れていました(予告編?というのでしょうか)。
店内の女性たちの殆どは「ガールズトーク」に話が咲いているようでしたが、それは背中で感じるだけで人を見たりしないというものです。それぞれの楽しみ方を大事にしたいところです、ここはひとつ。
スウィーツと飲み物で入場料1000円。

いやー、有報堂さんって楽しい企画するなぁ。

長女は「ハチミツとクローバー」(作者知らず)
私は「あらしの夜に~恋愛論」(木村祐一)
やっぱりそうだったのか。「あらしの夜に」は恋愛小説だったのだ。うすうす気付いてはいたけれど、何故か恥ずかしくて口に出せずにいた。
嵐の夜というような危機的な状況の中で、しかも真っ暗な中で出会った二人がその後何もないなんてありえないもの。(物語とはそういうものだ)

店内に流れていた映画・ドラマで私が知っていたのは「プリティーウーマン」「101回目のプロポーズ」「東京ラブストーリー」「ローマの休日」くらい。何度見ても「ぼくはしにましぇん」のところでは泣けてしまう(笑うところではないのだ)。「プリティーウーマン」もジュニア・ロバーツがかわいい!(リアルタイムでは「愛と青春の旅立ち」のリチャード・ギアばかりに目を奪われていた。)
どうしても母としてはけしからん、そんなものを美化するな!と思ってしまう「恋空」をはじめ「花と男子(だんごと読むらしい)」「解夏」「涙そうそう」「世界の中心で愛を叫ぶ」などが流れていました。話の内容は分からないけれど、若い人が好きな人の乗るバスを追いかけたり(そんなシーンがあったかはわからないが)叫んだりするシーンはキュンとするものだ。状況設定があまりにも自分からは遠いが故にきっとキュンとするんだよね・・・。それに、携帯電話を持っていたら「東京ラブストーリー」は生まれなかった。その頃の恋愛ドラマはやっぱり味があった。そう思うと感慨深いものがあります。

スウィーツもおいしくてすっかり満足。長女も私もまだ居たかったけれど次女が明日の日曜日は登校日なので9時40分頃、有報堂さんを後にしたのでした・・・。

つづく・・・いよいよ砕けるまで秒読み開始。

どこまでわかったのか?焼却場建設問題

富県の友人からもらったチラシ。
ゴミ問題
住民学習会のお知らせ
「どこまでわかったのか?焼却場建設問題」
11月24日(火)PМ7時 富県ふるさと館
チラシより。
「環境・安全性など課題別の総括とそれぞれの地域状況を報告します。この先20年30年、私たちの暮らしを左右する重要な問題です。私たちに何が出来るのか考える機会でもあります。お誘い合わせのうえ奮ってご参加ください。
主催・連絡先 上伊那広域の焼却場を考える会」

ゴミ焼却場の問題で二の足を踏むのはやっぱり自分もゴミを出しているから。
それは「自分も電気を使っているから」という原発問題も同じ。結果、原発がある地元の人々に押し付けていることになる。

地元のゴミ焼却場の問題、
こんな問題があることが広域連合地区の殆どの住民に知らされていない。その地域だけの問題にされる。
ゴミは自分の手を離れたとたん無関心になる。

みぶ川を挟んだ伊那谷の地形では空気が滞留するので健康上大変な問題があるという報告もある。

この焼却場ができたら(ガス化溶融炉ってほんと?)、間違いなくゴミ減量化の反対方向でしょう。

火曜日行けるかなぁ。

しまった!24日は「信濃錦を飲む会」私は店で留守番だ。
http://www.itaya21.com/?Home

でもどこかへ作らなくちゃいけないんでしょ?と思った方、
お時間ある方、是非ご参加ください。(ふるさと館へ)

ボージョレヌーヴォー解禁日!

エコナプキンのワークショップはこちらhttp://miki2188.blog47.fc2.com/blog-entry-471.html

入口が酒屋らしくなりました。お馴染みすぎですがボージョレヌーボーの解禁日です。
当店では2000円前後から3000円台のワインが5種類入荷しています。
ルイ・テートはネゴシアン。それ以外はボージョレーでは珍しい、ドメーヌ元詰です。
ボージョレ

昨夜0時に「カフカ」さんにて「ボージョレヌーボーを飲む会」を行いました。(夫が)(そうでもしないと全ての新酒を飲み比べできない、と本人は毎年申しておりまして。夜中に参加して下さる皆様のお陰で全種類の味を確認することができるのです。)
その際、もっとも人気が高かったのがこちら。
ボージョレー
何て書いてあるかというと、
ボージョレー

「ドメーヌ ジョペール ボジョレーヴィラージュヌーヴォー2009」 3150円/750ml
ドメーヌジョペールでは毎年約30000本の新酒を製造しています。無農薬有機栽培農法で栽培された葡萄を手摘み収穫し、マセラシオンカルポニックを実施して果実味とフレッシュさをワインに表現。

※マセラシオンカルポニック・・・「炭酸ガス浸潤法」密閉したタンクの中に葡萄をつぶさずに入れることによって、炭酸ガスの発生により葡萄が酵素の働きによって自然に搾られるボージョレおよびボージョレヌーボーの独特の醸造法。タンニンが少なくフレッシュでフルーティーなワインが特徴。

11月29日は「エコ・ナプキン」ワークショップの日

友人のmaUmiさんhttp://088wahaha.blog123.fc2.com/が「エコナプキンのワークショップ」を企画しています。
講師は「エコ・ナプキン普及メンバー」の中野あやさん。安曇野から来て下さいます。

「エコ・ナプキン」は、自分でも縫って染めてた。http://miki2188.blog47.fc2.com/blog-entry-303.html
その気持ちよさは体感済み。

実はいたやでも布ナプキンを販売している。(エコ・ナプキンは販売用ではありません※)
いろんな布ナプキンを使ってきた。
で、ついつい、自分で使うときはエコ・ナプキンに手が伸びてしまうのだ。

それはなぜかって?それはなんでなんだろう・・・。

※自分で使うものは自分で作れる。エコ・ナプキンの気持ちよさを普及することが目的。だから販売目的ではないのです。

ワークショップの詳しいことはmaUmiさんのブログにて。

お申込みはmaUmiさんまで。私に言って下さっても結構です。

あやさん作「エコ・ナプキン」(ご安心ください。未使用の状態です)
布ナプキン

色が落ちてきたら何度でも染め直して使える。よもぎ。
布ナプキン

「炭焼きおじさん」の炭

本日昼の室温12度。ヒーター一台では寒すぎる。「夢は薪ストーブ」なんだけど今年もやっぱり薪ストーブは無い。そこで「火鉢」といきたいところなんだけど実は。

去年までどうやって炭を熾していたかというと、ある方にお聞きして(炭焼き職人)魚焼のグリルで熾していた。こうすると舞い上がる火花で台所を汚すこともない(掃除すればいいんですがね)。しかし、今年のあれは確か1月。熾し過ぎてグリルの熱線(?)を焼き切ってしまったのだ。
それで新しいガスレンジを購入した経緯があった。で、今年は炭をどうやって熾したもんだか(もう熾せないのか・・・)懸案事項だったのだ。(現在のグリルはコンピューター内蔵なので炭のように高温になるものは焼けないのだ)
(そのためにブックフェスの時に友人のTさんに「炭いりませんか?」と聞かれた時に返事が煮え切らなかったの・・・)

これがそのTさんに頂いた「炭焼きおじさんの炭」
炭
私、自営をしていて、もっと仕事を作っていけたらいいのになって思ってます。自分たち家族だけじゃなくてもっと分け合えたらいいのにって。でも、なかなかそれは難しい日々。日々こなすのが精一杯。

これはたぶんTさんたちが梱包したと思われます。新しい炭の概念かも。消しゴムハンコ(?)も作られたのでしょうか。
かわいいタグには「高遠松倉地区のおじさん達が農作業や自営の仕事の合間に作っている炭です。・・・以下略」とあります。
松倉在住のTさんはこの「おじさんたち」とともにブックフェスで炭を販売されたんだけど、それは何度も丁寧なやり取りがあったに違いないのです。Tさんたちが仕事を作ることで地元の炭が更に地元で流通したら素晴らしいですよね。(駒ケ根のズクショップさんで売ってました)

炭
卓上コンロを外に置いて外で熾そうかとも考えましたが危険なにおいがしたので妄想の時点で却下。それで、子どもの頃実家の母がしていたようにガスレンジで熾しました。火花が散るので早々に火を止めて炭に火が回るまでコンロの上で待ってから火鉢に。

明日はこれでやってみます。
炭
夫がどなたかのサイトhttp://blogari.zaq.ne.jp/neverboredtill60/article/592/
を見て、物置から煙突の筒を探してきて(取っておくものです)この長さに切ってました。→熾すのは私の仕事です。

ここに炭を入れて、3分ほど火をつけて、そのあと10分ほどそのままにしておく。これで熾るのだそうです。(火花は飛ぶでしょうが)
炭の硬さによっても熾りやすい炭とそうでない炭とあると思いますが。
(これはいろいろな炭を熾してしかもグリルを焼き切ってしまった私でないとわからない実感です)
また、熾りやすい炭は早く燃える炭、熾るのに時間がかかる炭は長く燃えるというのが実感。

おいしいよ!山麓豚!

記念すべき11月12日は昼間から「豚肉三昧の日」になりました。
豚肉
見て、この肉汁!
野菜メインの普段の食卓。お肉をメインにしたお料理、というのは殆ど作らないので、お肉3か月分くらい食べました。(←誇張してます)いやぁ、ごちそうさまでした!
豚肉
「フライパンで作る焼き豚」と「ポークソテー」
豚肉
〆のうどんまで豪快に入る「蒸し鍋」
鍋
こちらはすべて、浜このみ先生のお料理。

「山麓豚」の生産者さんも見えていました。上伊那では(?)2か所で豚を飼われているのみ(?)とのことでした。産まれたばかりの小さなころは病気に気をつけ、その後はタンパク質などは抑え気味にして、一気に大きくさせることは避けるのだそうです。
餌はミネラルに気をつける。よもぎや海藻末、木作液など。それによってけもの臭が抑えられるのだとか。
とてもジューシーで、脂肪部分も嫌な感じがしなくてとても柔らかくて本当においしかったです。
生産者さんや販売者さんのお話が聞けてよかったです。
そして生活者である私たち消費者も含めて、誰が欠けても成立しないのが地産地消。
というシーンの一部分を切り取ってすっぱりと示して下さったのが「週刊いな」の編集者さん。

しかも、生産者のお一人のKさんはなんと、宮田村大久保1班で、山麓豚を育てているということで驚きました。私は、36災害の際に四徳から出てきた集落5班の出身なので。

私は鍋コンテストの出場者でした。

一時期はしっかりマクロビオティックをして、「こうじゃないとダメ、」って思ってた時があった。
だけど、会場にいても私は全く違和感なくてとても楽しかった。感心したりなるほどと思ったり、おいしーって思ったり。そう感じる自分がまたうれしかった。

私の鍋料理はすっごい簡単で恥ずかしいくらい。使った調味料は自然塩と酒だけ。お肉のおいしさに助けられて美味しい鍋ができた。
「調味料が厳選されているためかとてもしっかりした味が出ている」と講評いただき、わかってもらえるってうれしいことなんだなと、改めて。やっぱり浜先生はすごい。

この日の様子は11月26日創刊の「週刊いな」にて!

第2回「お茶会」

今月はシンガーソングライターのYさんちで「お茶会」。
一品持ち寄りですごいごちそう!
ってこんな写真しかないのが大変残念。
お茶会
今日は自己紹介と自分の夢、やりたいことなどを話していく。

私も6年がかりで妄想してきた夢を話す。
そうすると以外にも意外、他にも「私もやりたかっただ」という人が出てきたりヒントをもらえる。

富県のゴミ焼却場の話や、リニアの話、電磁波の話、郵便貯金30万円でクラスター爆弾に使われてるという話なども。

かといって郵貯を早速解約することもできない。

何か出来そうで出来ない。足踏みしてる。

ただ、何を言っても否定されず、受け入れられてもらえる場所、というのはうれしい。
私何かやっている人、あなたやってない人、という圧力のようなものも存在しない。
一緒にいて話して聞いてごはん食べる。

行政への批判や愚痴や諦めに終わらないようにするにはどうしたらいいのか。
来月、次回に継がれる。

「上映会後交流会」中止と日程変更のお知らせ

11月15日に予定しておりました「おいしいコーヒーの真実上映会後交流会」http://miki2188.blog47.fc2.com/blog-entry-459.html
http://miki2188.blog47.fc2.com/blog-entry-460.htmlは、ATJのNGO部門「APLA」のスタッフの方の御都合が急遽つかなくなり中止とさせていただきます。

1月10日(日)に同じ場所、同じ時間で行うことになりました。
ご予定を開けて下さっていた方には大変申し訳ありません。

「ラーメンで〆」デビュー

http://miki2188.blog47.fc2.com/blog-entry-400.htmlこの時の飲み会が楽しくて、飲む理由は特に無かったんだけど「なんでもない飲み会」を先月行った。
そして今月の「なんでもない飲み会」は、「地球屋レノン」さんにて。レノンのマスターはあったかくて好きなのだ実は。
レノン
私が飲んだのは、
シメイレッド(ベルギービール)→J1(純米吟醸)→赫々(麦焼酎)ロック→梅酒ロック→梅酒ロック
みんなも相当飲んだ。飲めない人もいた。Uさんにはまたすっかりお世話になってしまった。

白身魚のサラダ、いかのポッポ焼き、うずらのピータン、ブロッコリーのペペロンチーニ+パン、焼き鳥いろいろ、レバーペースト+パン、茹でじゃがいもチーズバター、わさびクリームチーズ、、、どれもおいしかった。

地球屋さんの小上がりは割と広いので、前回の「長谷やん。」さん時みたいに、テーブルの下を這って移動したり窓の桟に座ったり体育坐りをしなくてもよかった。

そしてなんと、私の「〆はラーメン」デビューの日になったのだ。
「まんだら亭」で、飲んだ後初めてラーメンを食べて、酒飲みの気持ちが少しは分かった。
しかも絵本作家のS氏のお隣で、ラーメンをずずずっと啜ったのであった。

そう、この日はS氏は安曇野で講演。伊那で飲むと言って下さったそうだ。で、Hーさんが迎えに行ってくださった。「なんでもない飲み会」がS氏と共に、になったというわけ。

シマダヤの地下にかつてあったレコード屋「マルトキ」。子どもがそうそう簡単に入れるレコード屋ではなかった。
初めて買ったレコードが、しもんまさとの「泳げたいやきくん」。
そのB面が、なぎら健壱の「いっぽんでもにんじん」だったという話を夫がS氏として、なぎら健壱は偉い、という話をしていた。

まんだら亭には次から次へと男性のお客さんが入ってきて、S氏はしきりに「伊那の男はいい男が多い。」と仰っていた。ので、本当にそうなのだろう。

シマダヤが「日本で一番小さなデパート」だとS氏に言ってしまったけれど、正しくは「ニシザワデパート」でした!

「通り町」って、夜、上を向いて歩くと絵本の世界。

マイブームは「合成の誤謬」

田中優さんの講演会から。

例えば「お隣の国が攻めてくるかもしれないからもっと軍隊を強くしましょう」というのは一見合理的で正しい。でも他の多くの国がそうすることになるから結果不都合を生じる。これを合成の誤謬というそうだ。

世界中の軍事費を、世界中の困っている人たちの命のために使ってもまだおつりが来るんだそうだ。

CO2削減に各国が努力をしても、絶対に減らない棒グラフ。それは「軍事」。
CO2削減の想定は、爆弾を落とさなかった時、家屋を破壊しなかった時のことであって、飛んで行って爆弾を落として破壊して、破壊した家屋を再建するのにCO2が出る。その計算は入ってない。
チマチマ電気を消している隣を戦車が走る。頭の上をジェット機が飛ぶ。これでCO2はまき散らされるのだそうだ。

どうして政治家は、命のためにお金を使わないんだろうか。
これでは情けない。

中3の娘はいつからか親が出掛ける講演会やらに付いてこなくなった。
私はそれでいいと思ってる。
子どもたちにも是非聞いてもらいたい、という考えもそれはそれでいいと思う。
だけど、子どもたちは不安と不信になるばかりだ。
未来を背負うのは子どもたちだからと子どもたちに聞かせるのは酷だと思うようになってしまった。
こうなった世の中の落とし前を付けるのは今の大人たちなのだ。

これも「合成の誤謬」というのかな。
嫁対姑
洗剤を使いたくないから、お風呂の掃除は私の担当なんだけど、でもなぜか洗剤はいつまでたってもなくならない。逆に増えていく。
水や重曹で充分落ちるんですよ、ということはなかなか伝わらないようだ。

カビの無いお風呂に入りたい、これは一見正しくて合理的のようだ。うちで使うくらいいいだろうと使う。でもみんながみんな使ったら川も浄化しきれなくなるだろう。
一日くらい、と使うカビキラーはものすごい塩素の匂いを放つ。その匂いのお風呂の中に入らなければならない。お風呂掃除する人へも影響があるだろう。

何もないところから色とりどりのもの、便利なものが次から次へと出てきた世代。
その世代にはその世代の言い分がある。
優さんも「それぞれの多様性を認めて」と仰っていた。
私もバブルをしっかりと経験して骨の髄まで沁み込んでしまった世代である。

ここまで書いて、自販機も「合成の誤謬?」と思った。
便利で簡単に飲み物が安く手に入る。自販機があるから飲料の売り上げも伸びてメーカーが儲かり経済が回る。一見合理的で正しい。だけど、自販機だらけになったらどうか。電気が足りなくなったりゴミが増える。資源ももったいない。喫茶店の前に自販機があったらストレートコーヒーの売上は下がるだろう、ということなら「合成の誤謬?」。
自販機を持っていることによって苦しみや後ろめたさが伴う人にとっても精神上よくない。

反原発の人が言う言葉。「自販機がなくなれば原発が1基なくなります。」
自販機がなくなったって原発はなくならない。だって電気が余ってたって原発を建ててしまおうという政権である以上。と、
「自販機のようなものがあるから。」という言い分に反発をしてきた。
それと同じように、洗剤のことを言われて反発するのは当然。
人の上げ足を取ることからは何も生まれない。
お互いに生きることが苦しいだけだ。息を吐けなくなってしまう。

去年、優さんの講演を聞いた夫は、自販機を9台から4台に減らした。今年の春ソーラーパネルを載せた。(ネクストエナジーさんね)
それは、優さんの話の影響だけではなく私と共通の友人ができたらからというのが大きい。夫にとって友人たちの影響が大きかった。彼らの生き方に刺激された。
彼らの生き方を見てきて、「自分が苦しくなったから」にすぎない。
誰かに言われて減らしたんじゃない。私がいくら言ってもそれは叶わないことだった。
外側から圧力をかけても反発する。自分の内側から、なのかもしれない。
気に掛ける、持ち寄りでごはん食べる、同じ釜の飯を食べる、仲間になる、大事にする、これってやっている人は全然意識しないんだけど、それで動きが変わることがあるのかもしれない。

「自分が苦しくなったからやめる」は、誰にも迷惑かけない。
どこで誰が何を売り、何を買うかは自由。
売っている人も責める必要ないし、買う人を責める必要もない。
ただ、何を買うかどうして買うかそこに一つの思考があるかどうかで大きく違うと思う。
(あら、話は逸れたかしら)

(自販機も現在は省エネタイプが進んでいるそうです)

田中優さんとデイズジャパン

3日は田中優さんの講演会「今私たちにできること」を聞きに行ってきた。
印象深いお話がたくさん、あふれるあふれる。
アフリカのアパルトヘイト。自分のルーツ、白人である(お母さんが白人)ということ。差別し搾取する側であることを自分自身に突きつけたんだよね。「ファンキスト」というグループの歌で涙が止まらない。
(自分だってそうだ。お隣アジア諸国への搾取や略奪や差別を繰り返してきた日本人なのだ。)
未来から奪ってくることで儲けてる。少し損してもいいから未来に残した方がいい。
例えば農業もそう。化学肥料や農薬で今は収量があっても、土はだんだん弱くなる。
地球上の誰からも奪うことなく、未来からも奪うことなく生きることはできないのか。
・・・・って書きたいけど書き始めると終わらなそう。
また書けたらいいなと思います。

優さんが最後の方に仰った言葉。ここだけ書いて自分に都合のいいように解釈してしまわないようにしなくてはなんだけど。

弱点を克服なんてしなくていい。
自分の内側にある自分に向いているものを考えていく。

自分にあったやり方で表現し、伝えていく。
他の人は他の人の、意見を持っている。自分が持っているように多様性を認めていく。
優さんはそこで、相手に「データはこうですよ。」と見せるそうだ。

弱点を克服しようとしていた今までのエネルギーで発電できたらいいのに。
そんなことはスマートグリッドをもってしても無理だろうから。

今日は、「デイズジャパン」の紹介。
デイズジャパン
http://www.daysjapan.net/
今まで、イベントなどで目にしたときにだけ購入していたんだけど、
デイズジャパンを定期購読することにした。
デイズジャパンがなくなってしまうことが怖いから。
「祝島」の特集、祝島の写真を表紙にするマスメディアなんてないから。
定期購読することで広河氏やジャーナリストを支える。

わずかながら、これだって私にできることの一つと信じて。

酒井さんのもちきび入荷

西箕輪・酒井信一さんのもちきびが入荷いたしました。
有機栽培無農薬です。
何年か前にお宅を訪ねた時は、
収穫したもちきびを天日に干した(4日/200kg)あとで、奥さまと二人で叩いて実を落とす作業をされていました。畑で出たものは畑に返し、堆肥を自家生産し、雨水を池にして灌水に使われていました。
選別もれのもちきびや菜っ葉などを食べて蘇った廃鶏が、広い敷地で元気に走り回っていたのを覚えています。酒井さんは元信大農学部の教授です。
ふっくら炊けてとても美味しいんです。今年は豊作だそうです。
もちきび
735円/500gです。

おいしいお豆を幾種類も分けていただきました。
パンダ豆を煮てみました。
鍋の蓋を開けてはっと息をのむほど美しく整然と煮えて納まっている。
そんな時はぜったい美味しく煮えてるって証拠。
ぱんだ豆
新豆です。香りがよくてあっさりしてとっても美味しい。クラシカルに甘く煮てみました。
マスコバド糖とカンホアの塩を使いました。
おいしくっておいしくって止まらない!

酒井さんのお豆を少し譲っていただけそうです。お楽しみに!

豆と言えば今年、私は虎豆を作ってみました。

11月15日のこと 

11月15日の「おいしいコーヒーの真実その後の会」についてご連絡します。
参加費は上映会に来ていただいた如何にかかわらずお一人500円とさせていただきます。

のらやさんのお楽しみケーキ。
①マスコバド糖とバナナ、コーヒーのケーキ
②コーヒー味のパネトーネ
③カプチーノ一口サイズパン
とコーヒー付き。

上映会に来て下さった方、上映会に来たかったけれど来られなかった方、来られないのにチラシを配ってくださった方、・・・皆さんに支えられていた上映会。
美味しいものを頂いて、楽しい時間を一緒に過ごせたらいいなと思います。

カップ(できれば数種類を淹れたいと思っているので複数持ってきていただけると飲み比べができます)と、お菓子用のお皿をご持参ください。

お申し込みお待ちしております。

「おいしいコーヒー・・」その後ATJスタッフの方のお話を聞く会

「おいしいコーヒーの真実」上映会の日にもご案内しましたが、
会場でお話をして下さった宇野俊輔さんが連絡を取って下さり、オルタートレードジャパン(ATJ)コーヒー部門の井澤さんとNGO部門「APLA」の吉澤さんのお話をお聞きする会を開くことができます。
東京から来て下さいます。

日程と場所、時間をお伝えします。

11月15日(日)
高遠図書館2階交流室(畳の部屋です)
1時45分~4時15分
高遠町山室ばら口の石窯焼きパン屋「のらや」さんが、ATJのコーヒーとバナナ、マスコバド糖を使ったケーキを試作して下さっています!
コーヒー付きなのでマイカップをお持ちください。
是非お楽しみに。

参加費は、25日の上映会を観て下さった方は500円
25日に参加されなかった方の会費は・・・熟考中です、もう暫くお待ちください。

スタッフの方のお話や映画の話、農業の話、などなど、
参加者の方にも話していただくお時間も取れるかと思います。

ご参加ご希望の方はご予約ください。

再会

昨日からスタートした市立図書館の廃本配布。
今年から事前に整理券を配ってくれて、一人10冊まで、という制限を設けた。去年までは段ボール箱にごっそり持っていかれる方もいらっしゃるとのことでこのような方法になったらしい。確かに例年だと、図書館に行くと配布が始まってもう幾日も経っていて数冊しか残っていない、という状態に遭遇していたけれど整理券があることでこの日を覚えていられた。

初日の午前中に長女が行った時には、会場の展示室(去年までは2階エレベーター前だった)の前には長蛇の列。お目当ての雑誌МOEはすでに完配だったらしい。

この日、私は再会を果たす。
干刈あがたの「しずかにわたすこがねのゆびわ」があったのだ。
ある作家の方から4年前、この小説に出てくる登場人物が私に似ているので是非読んでみて、と言われたことがあった。早速、図書館で借りようとすると、どこかから回してもらわなければならない本なので取り寄せに時間がかかると言われた。高遠とか春近とかではなく、確か「長野」とか遠いところの地名を言われた覚えがある(たぶん、、、)。はたして本を借りることができて読んだら自分でも欲しくなった。で、小林書店に聞いてみると「福武書店(現在はベネッセ)のために取り寄せることができない」と言われる。それでベネッセにも直接聞いてみたんだけどやはり無理だった。
その本がなんと廃本扱いとして並んでいたのだ。絶版の本が。
絶版なのにもう要らないと言われている本は複雑だ。求められるのに廃本なんて。
しかも、昨日の長蛇の列でもゲットする人はなく、ひたすら私を待っていてくれたのかもしれない。(ハイハイ)
廃本
干刈あがたを他2冊。
「コルシア通りの仲間たち」須賀敦子
「家族シネマ」柳美里
「きのうの空」志水辰夫
「17歳のポケット」山田かまち
「中吊り小説」吉本ばなな・高橋源一郎・阿刀田高・曽野綾子・他(ごめんなさい)
「せつない話」山田詠美編
「我輩は病気である」赤瀬川原平

10冊なんて貰って行っても絶対読めない。家にも読み切れていない本が積まれているではないか。無理無理、持って行っても読めない。わかってる。でも、どうしても11冊になってしまって絞りきれない。読めないんだから迷う必要はないのだ。いっそ3冊くらい戻そうか。読めないとわかっているのにこの迷いは病気っぽくさえ思える。「我輩は病気である」だ。結局、落合恵子に泣いてもらう。(泣いてないと思うけど)