FC2ブログ
 

まめまめ伊那谷日記

マイブームは「合成の誤謬」

田中優さんの講演会から。

例えば「お隣の国が攻めてくるかもしれないからもっと軍隊を強くしましょう」というのは一見合理的で正しい。でも他の多くの国がそうすることになるから結果不都合を生じる。これを合成の誤謬というそうだ。

世界中の軍事費を、世界中の困っている人たちの命のために使ってもまだおつりが来るんだそうだ。

CO2削減に各国が努力をしても、絶対に減らない棒グラフ。それは「軍事」。
CO2削減の想定は、爆弾を落とさなかった時、家屋を破壊しなかった時のことであって、飛んで行って爆弾を落として破壊して、破壊した家屋を再建するのにCO2が出る。その計算は入ってない。
チマチマ電気を消している隣を戦車が走る。頭の上をジェット機が飛ぶ。これでCO2はまき散らされるのだそうだ。

どうして政治家は、命のためにお金を使わないんだろうか。
これでは情けない。

中3の娘はいつからか親が出掛ける講演会やらに付いてこなくなった。
私はそれでいいと思ってる。
子どもたちにも是非聞いてもらいたい、という考えもそれはそれでいいと思う。
だけど、子どもたちは不安と不信になるばかりだ。
未来を背負うのは子どもたちだからと子どもたちに聞かせるのは酷だと思うようになってしまった。
こうなった世の中の落とし前を付けるのは今の大人たちなのだ。

これも「合成の誤謬」というのかな。
嫁対姑
洗剤を使いたくないから、お風呂の掃除は私の担当なんだけど、でもなぜか洗剤はいつまでたってもなくならない。逆に増えていく。
水や重曹で充分落ちるんですよ、ということはなかなか伝わらないようだ。

カビの無いお風呂に入りたい、これは一見正しくて合理的のようだ。うちで使うくらいいいだろうと使う。でもみんながみんな使ったら川も浄化しきれなくなるだろう。
一日くらい、と使うカビキラーはものすごい塩素の匂いを放つ。その匂いのお風呂の中に入らなければならない。お風呂掃除する人へも影響があるだろう。

何もないところから色とりどりのもの、便利なものが次から次へと出てきた世代。
その世代にはその世代の言い分がある。
優さんも「それぞれの多様性を認めて」と仰っていた。
私もバブルをしっかりと経験して骨の髄まで沁み込んでしまった世代である。

ここまで書いて、自販機も「合成の誤謬?」と思った。
便利で簡単に飲み物が安く手に入る。自販機があるから飲料の売り上げも伸びてメーカーが儲かり経済が回る。一見合理的で正しい。だけど、自販機だらけになったらどうか。電気が足りなくなったりゴミが増える。資源ももったいない。喫茶店の前に自販機があったらストレートコーヒーの売上は下がるだろう、ということなら「合成の誤謬?」。
自販機を持っていることによって苦しみや後ろめたさが伴う人にとっても精神上よくない。

反原発の人が言う言葉。「自販機がなくなれば原発が1基なくなります。」
自販機がなくなったって原発はなくならない。だって電気が余ってたって原発を建ててしまおうという政権である以上。と、
「自販機のようなものがあるから。」という言い分に反発をしてきた。
それと同じように、洗剤のことを言われて反発するのは当然。
人の上げ足を取ることからは何も生まれない。
お互いに生きることが苦しいだけだ。息を吐けなくなってしまう。

去年、優さんの講演を聞いた夫は、自販機を9台から4台に減らした。今年の春ソーラーパネルを載せた。(ネクストエナジーさんね)
それは、優さんの話の影響だけではなく私と共通の友人ができたらからというのが大きい。夫にとって友人たちの影響が大きかった。彼らの生き方に刺激された。
彼らの生き方を見てきて、「自分が苦しくなったから」にすぎない。
誰かに言われて減らしたんじゃない。私がいくら言ってもそれは叶わないことだった。
外側から圧力をかけても反発する。自分の内側から、なのかもしれない。
気に掛ける、持ち寄りでごはん食べる、同じ釜の飯を食べる、仲間になる、大事にする、これってやっている人は全然意識しないんだけど、それで動きが変わることがあるのかもしれない。

「自分が苦しくなったからやめる」は、誰にも迷惑かけない。
どこで誰が何を売り、何を買うかは自由。
売っている人も責める必要ないし、買う人を責める必要もない。
ただ、何を買うかどうして買うかそこに一つの思考があるかどうかで大きく違うと思う。
(あら、話は逸れたかしら)

(自販機も現在は省エネタイプが進んでいるそうです)

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック