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まめまめ伊那谷日記

減速して生きる

私と同じ世代と思われる方(男性・父親)の話。
『・・・・・・・今の人たちを怒ると翌日辞表が出る。自分たちの時代は、同期が何百人もいてその中から上がっていくことを考えた。でもある時期から明らかに変わった。子どものころを考えても、自分たちは7怒られて3褒められた。今の子どもたちは7褒められて3怒られる、という割合ではないか。そのために、ちょっと怒ると辞めてしまう。自分たちの生活がまず第一、という考えもまたいいが、それでは日本の産業界はゆくゆくは立ち行かない・・・。』

ふむ。

時間もなかったのでじっとスルーしつつ。

自分がしてきた生き方は自分が選んだのであって、誰かには強制できないよなぁ~。
ごくろうがあったでしょうけれど。
お父さんたちのお陰で今があるとも言えるし。

悪いけど、私は今の若い人たち(この呼び方に違和感感じつつ)の味方だよ。
ナン十社も就職試験を受けても、認めてもらえない試練の就職活動。
山口県庁前でハンガーストライキをする若者たち。
今までのツケを払わされる若者たち。
どんなに生きにくい世の中か。

三万人を超す自殺者をどう説明したらいい?

明らかに時代が違うので、自分たちの頃と比べても意味が無い。

怒られるのは私も嫌だ。立ち直れないほどの怒られ方をしたらどうだろう。

企業のセイフティーネットが傘を閉じ、企業にいても安心できない社会になった今、
良い学校を出て良い企業に就職することが幸せじゃないってなんとなく気付きはじめた今、
自分の生き方を選べる時代が来たのなら、
私はむしろそれを歓迎したい

嫌だけと、会社のために?
嫌だけど、社会のために?
嫌だけど、家族のために?親のために?誰かのために我慢する?
その時代が社会を、家族を幸せにしただろうか。
誰かの、嫌という気持ちの上に本当に誰かの幸せがあるんだろうか。

いつの時代も、上昇して行くことに喜びや幸せを見出す人はいる。
その人は、上へ上へ昇ればいい。

つまり、それぞれがやりたいことをやっていくしかないのではないか。
(やっぱりこれなのよね)

私たちが学生の頃は、叩かれてなんぼの世界だった。
確かに、叩かれて強くなると自他ともに思っていた。
就職してからもそうだった。命を預かる仕事であることと周りのプライドの中で。
私は全くダメ人間だと思ってた。
下痢をして、痩せ続けてもまだ大丈夫だと思っていた。
打たれ強いことは確かだけど、幸せだったんだろうか。
休みの日にデパートめぐりをして買い物をする物欲は湯水のように湧いた。
合コンに呼ばれなくなった自分に焦った。

何にもないと思って嫌悪したはずの故郷に戻り結婚して、最初に驚いたこと。

当時、信州大学の学生さんが代々配達のアルバイトをしてくれていた。
お客さんの中にも学生さんがいた。
彼らのスパンの長さに驚いた。
私のように、いついつまでに結婚していつまでに子どもを産み・・というのが無いようだった。
(あくまでも。無い「ようだった」)
大学で勉強したことを直接生かせるような仕事に就こうがどうしようがそれはいいんだ。
こんなふうにスパンが長くて良いんだ。
どんなふうに暮したいとか生きたいとか。
それが決まらなければいつまででもトライしてもいいんだ。
(きっとそれぞれの人生、いろいろあるんだろうけれど)

それが目を開かされた最初。

そのあと出会う友人たちも、自分のことを自分で決めて責任を取って生きる人たちが多かった。
「今の若い人」とかそういう括りなしに。
「私はいろいろ考えないの。考えるの苦手なの。自分がやりたいかやりたくないかでしか決められないの」
という友人の言葉も印象的。

「どうしたいのか」と言われたら逆にどうしたらいいかわからないのが私。
決められないのが自分。

というわけで、素晴らしい一冊。
ここに全ての答えが書いてある。でも実際、生きるのは自分。
決めるのも選ぶのも自分。正解は無い。
減速して生きる
「減速して生きる  ダウンシフターズ」(高坂勝/幻冬舎)

今日は3泊2日の旅行からお義母さんが帰ってくる日。
上司留守の間に3つもアップ。(折しも暇な時期でもあり)
減速した3日間でした!(笑)
明日からしょうつけてやりまいか。

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