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まめまめ伊那谷日記

本当は年度末

子どもが通知表を貰ってきました。
温かい先生のコメントを読んでいたら、涙が止まりませんでした。
この3月は最も子どもの成長を周囲の大人が喜び歓迎する季節のはず。
当たり前だと思っていた日々が、そんなことがあるんだと生きている私たちに
教えて下さるにしてはあまりにも失うものが多すぎる。
春休みを楽しみにしていただろう、一つ大きくなることに喜びと自信にあふれていただろう。
そして一人一人の人は、何人、何百人、千人、一万人、と数で報告されるやりきれなさ。
ごめんなさい。

福島にご両親や兄弟家族が住んでいる、という友人が買い物に寄ってくれました。
話を聞いていて涙が止まらない。
先祖代々の土地を継いで、大地に根ざして暮らしを営んでいた人々。
昆布はいっぱいあるから食べてるよ、って言ってた。
福島でみんな頑張ってるから私も元気出して頑張る、と友人は帰った。

何も作りだせない者(私)が慌てるのか。恥ずかしい。

ある人から「お金ももらっているし、それで地域が潤っているのだからしょうがない」
って声が聞こえた。
そうだろうか。巨大企業が入り込んで地域を賛成派と反対派と分断したのじゃないだろうか。
緩やかな営みを崩したものは何か。
土地で暮らす故に、声が挙げられないのだ。
本当は私などが想像してここに書くことなんてできない。
とても及ばない。ごめんなさい。

中途半端の反対運動で、原発が無いもののように過ごしていたのは私。
子どもには罪はないのに。

その電気を誰が使っていたか。都心部で使う電気を作っていたのではないか。
それは私も含まれる。浜岡から貰っている。
それは人々のどんな暮らしの上に成り立っていたのか。
こんな大きなとてつもない何処かの誰かの犠牲の上に成り立っているのだ。
自分の潤沢な暮らしが。

もう電力会社で働きたいと思う若者はいなくなるのではないか。
それは原子力を管理して下さる方がいないということ。
だって何処の親がそんな危ないところで働かせたいと思うのか。
でもこういうことにも弱い人のところへしわ寄せがいくようにできているものだと聞いたことがある。
現場で作業をして下さっている人の中には、家族が被災した方だっているだろう、
東北から出稼ぎに来ていた人もいるかもしれない(あくまでも想像)。

もうここで止めようよ。止めた後、管理する技術者の方がいて下さるうちに私たちの世代で止めよう。

それと、今回の地震は、自分のありようを問いかけられる。
自分のエゴを思いっきり見せられる。
あんなに甚大な被害を受けた人々がいながら、ここ伊那の放射能が気になる。
被災した方々が、みんなが昆布類が食べられてるか分からないのに、昆布類を求める。
(赤ちゃん、子どもたち、は何としてでも守りたい)
原発事故につい目が行く。

災害に関わっている皆さん、本当にありがとうございます。
長い間動いてきた原子力発電所もありがとう。
もうゆっくり休んでね、お願い。
ウランを掘って持ってきてごめんね。

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