FC2ブログ
 

まめまめ伊那谷日記

「平和を願う朗読の集い」

「平和を願う朗読の集い」(伊那市朗読の会)が、会場は下川手の「シャルマン」さんで行われました。ご近所ですが、雨だったのでつい車で行ってしまいましたぁ。(去年は娘たちと自転車で行ったんだけど)

10名の読み手、語り手の方々によるそれぞれの朗読がありました。

じっくりと耳を傾け感じる時間。

それぞれの朗読。戦場での話、父親や家族が戦争に行った後の残された者たちにとっての暮らしを通して語られる戦争、松谷みよ子さんの「ぼうさまになったからす」、生を感じる竹内浩三の詩(好きです)、語ることでトラウマを乗り越えようと決意する女性の生き方、パトリシア・ポラッコの「彼の手は語りつぐ」は、自分で読んだ時とはまた違う感銘を受けました。

一時間ほどの朗読の時間が終わり、お茶とお菓子を出して下さる間、某新聞社さんの取材を受けました。
なにしろ子どもが参加していたのは、友人のМさんちと、(お菓子が目的とはいえ・・・私じゃないです娘の目的です)うちだけだったので。
「娘にとっては難しかったと思いますが、大人たちがこういった朗読の会を開いている、ということがこの子の底辺の一部分になったと思います。」ご自分ではどうでした?との質問に対して、
「戦争で日本は大変だった、という話は確かにそうなのだろうけれど、被害者的な立場だけでなく、加害の立場でもあった、ということを伝える朗読が一篇あっても良かったと思いました。」
と、申し上げたら、記者さんが「?????????????」という感じになり、
いつも自信がない私は思わず、
「今言ったことはいいです。」と撤回してしまいました。(撤回しちゃったのでここに書いています)
私が言ったことは何か変だったかしら。
きっと記事にするとして期待していた答えとは違うものだったのでしょうねぇ。
それに私に理解力がなかっただけかもしれませんしね。加害側にも立っていたんだ、という朗読があったのかもしれません。

お茶の時間に、西箕輪からいらっしゃった女性の方が、
伊那市の飛行場を作る時(NECの坂のところに戦争中にあったんです)、朝鮮の少年たちが大勢連れてこられて働かせられていた、という話をしてくださいました。日本もそれだけのことをお隣の国にしてきたんだ、という話でした。今こんなにトウガラシが赤くなるなら、あの子たちにも食べさせてやりたかった、と。思いきって話して下さったであろうお話でした。話して下さってありがとうございました。

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

 

トラックバック